コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻、そして一時帰国 その4

前の便で到着した乗客の抗原検査が手間取り、「密」の状態を避けるために、 羽田空港に着陸してから飛行機の中で30分ほど待機させられた。

飛行機を降りると、矢印に沿って検査会場まで誘導させられた。要所要所にはスタッフが待機していた。何だか随分、歩いた気がする。そして検査会場へ。搭乗前に質問書はすでに記入してQRコードを作成し、誓約書もすでに署名済み。着陸してから1時間15分程度、思ったよりも順調に書類のチェックが終わった。抗原検査の結果が出るまで1時間から2時間かかると聞かされるが、実際には30分くらいで陰性結果が。

必要な条件全てをクリアしていたので、強制隔離は要求されないことになった。因みに強制隔離を求められないための条件とは3月1日の時点で、以下のようなものである。

チェックイン前72時間以内のPCRなどの検査結果が陰性であること、それを証明する書類が厚生労働省指定の書類またはそれに準じるものであること。

空港でのコロナの検査結果が陰性であること。

入国14日前までの滞在国が指定国・地域でないこと。

予防接種3回が終了していること。

コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻、そして一時帰国 その3

リスボン、である。濃厚接触者となってしまった友人は何度か簡易テストをして陰性。彼のパートナーである日本人の友人も陰性。私たちが泊まれるように、私たちの滞在中、窓を開け放しにするとか、家の中でもマスクをつけるとか、色々と知恵を絞ってもらった。

それでも、これまで、これだけ面倒なことを乗り越えてやっと出発までこぎつけつつあるのだ。これで滑ったら大変。万が一のことを考えて、ホテルに宿泊することにした。最もこれにしたって、感染の可能性がわずかながらある友人宅と、コロナ対策は取っていても不特定多数の人が出入りするホテルとどちらの方がリスクが少ないのかは不明である。しかもこの日の夕食はせっかくだからと、近くのレストランで4人が集まったのだ。コロナ対策をとって、レストランは定員を半分くらいに減らしていた。

コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻、そして一時帰国 その2

一時帰国の準備がほぼ整い、ほっと一息ついた頃、ロシアのウクライナへの軍事侵攻は深刻になっていた。

2月24日にロシアがウクライナに侵攻。26日には米国、カナダ、英国及び欧州諸国が「国際銀行間通信協会」SWIFTからのロシアの一部銀行の排除を、 27日にはロシアに対する欧州領空使用禁止を合意。報復措置として、ロシアは欧州に対して自国領空を封鎖した。

フライト・レーダーを見てみるとウクライナやベラルース上空を通過する飛行機はない。3月2日の時点でシベリア上空を飛んでいる便は格段に減ってはいたが、日本の航空会社の便はまだ飛んでいた。

https://www.flightradar24.com/39.72,-7.36/8

コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻、そして一時帰国 その1

2月も末近くになった頃、3月1日から日本入国規制が大幅に緩和されるというニュースが届いた。ポルトガルから日本に到着した場合、これまでは検疫所の宿泊施設で6日間の待機義務があった。

それが3月1日以降、到着時の検査が陰性であれば自宅などでの待機が大幅に緩和される。ワクチン3回目未接種者は7日の自宅待機が求められるが入国後3日目に自主的に検査を受けてそれが陰性であれば、その後の自宅待機は求められない。ワクチン3回目追加接種が終了していれば待機は求められない。

https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/pdf2/0224_list.pdf

https://www.anzen.mofa.go.jp/covid19/pdf2/0224_27.pdf

これならば一時帰国ができる。早速、航空券を購入した。当然ながら、料金が安い日を選択、出発は3月8日火曜日になった。

ロシアのウクライナ侵攻

まさかのウクライナ侵攻である。これまで何度も見た光景がまた、繰り返されている。ミサイルで破壊される都市の建物、人々の生活、大量に「製造」される難民。大渋滞の道路、荷物を持って子供の手を引いて歩いて避難する人々。

少し前まではこれがシリアそしてアフガニスタンの光景だった。ヨーロッパではこんな野蛮なことは起こらないのだと何となく信じていた。21世紀である。平和であることが当たり前だと思っていた。でもそれは間違いだ。平和とは、私たちが守る努力をしなければ簡単に壊れてしまう不安定なものだったのだ。

私が目にするのがヨーロッパ発と日本発の報道に偏っているからだろうか、それとも同じヨーロッパだとより身近に感じるからだろうか、ロシアの侵攻の報道は「イスラム国IS」によるシリアの侵攻の時よりも、感情がこもっているような感じがする。

写真は2月24日と2月26日のフライト・レーダーのスクリーンショット。侵攻が始まってまだ間もない24日、商業航空機はウクライナ周辺の上空を回避して飛行していた26日にはさらに広い範囲を迂回している。

暖かくて過ごしやすい怖い冬

今年の冬は暖かい。大晦日から元旦にかけて小春日和。元旦の最高気温は20度、きれいに晴れ上がって絶好の散歩日和となった。いくらなんでも暖かすぎるとは思ったけれども、これから寒くなるのだろうなと考えていた。

しかし...。1月も、2月も異常に暖かい。20度を超える日も何日も。普通ならば、最低気温は0度前後、最高気温も10度くらい。それが最低気温が5度から10度くらい、最高気温が15度から22度。完全に春の陽気である。通常ならば雨季なのに、雨も降らない。過ごしやすいといえば、とても快適なのだが、空気は乾燥して、ポルトガル北部ではすでに森林火災も発生している。

移住して17年。森林火災が2月に発生するという事態は初めてである。こんなに雨が降らないと、夏の水不足も今から心配である。

写真は天気予報のスクリーンショット。雨の予報も出ているが、実際には蒸発してしまった(雨は降らなかった)。

 

ポルトガル総選挙 与党、予想外の圧勝

1月30日の総選挙で、与党議席の大幅減という事前の予想を覆して与党社会党が圧勝。史上2度目の与党過半数政権となった。 社会党の議席は230議席中108議席だったが、117議席を獲得した。

アントニオ・コスタ首相は勝利宣言で「絶対多数は絶対権力や一党政治を意味しない。担う責任がさらに重くなるということであり、全てのポルトガル人と共に、ポルトガル人のための政治を行う」と語った。

ポルトガルの極右政党シェーガは前回1議席から今回12議席を獲得して躍進した。極右や大衆烏合主義に足がかりを与えてしまった格好だ。シェーガは反ロマ人や反移民、反社会保障など排他的・弱肉強食を政策に掲げ、特にここ2年のコロナ禍で生活が苦しくなった人々の心を掴んだと思われる。目の前の生活が苦しくなれば、弱者を標的にして憂さを晴らそうとする人が出てくる。極右は人々の苦境を好餌として派生する、憎悪や鬱屈を糧として成長する。

元旦の散策

こんなに天候に恵まれた年末年始は、ポルトガルに移住して初めてである。11月に一時期、ぐっと気温が下がって霜が降りる日が数日続いたが、以来、平均15度程度、最高気温が22度という暖かい日が連日続いている。特に12月31日から1月3日にかけては、日が陰ると気温は下がるものの、日中は晴天で暖かく、それこそ4月上旬のような陽気だった。

大晦日には友人宅で新年を迎え、翌元旦には他の友人たちと近郊を散策した。散策といっても、起伏がある林の散策道を小川まで降りては尾根まで登って、さらに反対側の小川まで降りて...という6時間の道のり。午前中に谷間で落ち合って歩き始めた時は肌寒く感じたが、歩き始めて陽光が谷間まで差し込んでくると、すぐに汗ばむ陽気に。重ね着していたフリースやマフラーはあっという間にバックパックに収まった。Tシャツ一枚の友人も。木々の間から流れ出る滝も小川を流れる水の音も、飛沫さえも陽光に包まれると暖かく見えてくる。

途中、通った村のカフェで一休み、さらに村を見下ろす崖の上でピクニックのお昼ご飯。奇岩の間を抜けて、林道に戻り、出発地点まで戻ってきた。

私たちにとっては信じられないほどの好天であったが、気候変動を考えると心配になってくる。地球にとってはこの時期のこの天気は好天とはいえないのだろう。

輸送距離ゼロのクリスマス・ディナー2021

さて、今年のクリスマスはどうしようか。直前まで誰と、どこで、どう過ごすのか決まらなかった。コロナ禍下のクリスマスも、今年で2回目である。

直前の20日に、友人のトムとリンからテーマを決めてクリスマス・ディナーをやらないかとメールが入った。選択肢は二つ。まずは干し鱈の料理など、伝統的なポルトガルのクリスマス・ディナー。二つ目は地産の材料を使った創作クリスマス・ディナー。ちょっと離れているところに住んでいるエティも含めて何回かのメールのやり取りの末、輸送距離ゼロのクリスマス・ディナーに挑戦することに決まった。

材料はほぼ全て、自分たちの農園や庭から収穫された野菜や果物。但し、塩やスパイスは輸入品だ。輸送距離が一番長かったのは、29キロ離れた村からやってくるエティだったかも!

それでは早速メニューをご紹介しよう。

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2021年12月25日 クリスマス・ディナー メニュー

めざせ! 輸送距離ゼロ

 

前菜

イラクサのスープ(私たち)

じゃがいも、いらくさ、ハコベ、パセリ、玉ねぎ、塩、胡椒

 

玉ねぎ:地元農家から購入(2キロ)

塩:ポルトガルの大西洋沿岸の塩田(70キロ)

長い秋

11月の半ばに霜が降りてぐっと冷え込んで以来、気温は持ち直し、今年は寒くなるのではないかと覚悟をしていたのだが、肩透かしを食らった格好になった。今までのところ、霜が降りる様子もない。

紅葉がこんなに綺麗に、数ヶ月も楽しめるなんて初めてかもしれない。12月半ばに撮った紅葉の写真と、同じく半ばに撮った満月の写真をお見せしたいと思います。

 

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