アリス、旅立つ

11月1日日曜日の早朝、アリスが逝ってしまった。10月半ばにリスボンで会った時には元気そうにしていたので、そのうちまた、村に戻ってくるかもと多少、期待していた。

一週間前の日曜日には家族と一緒に昼食を食べている。変わったところはなかったのに、翌日に体調を崩して入院。

村に住むアリスの妹ローザがアリスの娘エレナと頻繁に連絡を取り合っていた。一度はアリス本人とも電話で話している。木曜だったか金曜だったか、アリスの家の前でローザに会った。アリスの容体が悪く、人工呼吸器につながれている、だからもう話しもできないと報告してくれた。「人工呼吸器って、じゃあ、コロナなの?」と聞くと、違う、と言う。

「神の御心のままになるしかないのよ、そうでしょ?」 無宗教の私は答えに詰まって「ええ、そうね」と言葉を濁した。

1日の朝、スーパーで買い物をしているとエレナから電話が入った。電話に出る前に用件はわかっていた。入院して亡くなるまでの一週間、コロナのせいでお見舞いが禁止され、入院中、アリスは家族の誰にも会うことができなかった。

メロンパン

メロンパンの起源には元宮廷料理人だったアルメニア人のパン職人が、ハルピンから日本の帝国ホテルに引き抜かれて来日したのちに、パン製造の様々な技法や食感を組み合わせて生まれたという説がある。他にも、駒込木村屋の店主が作り出した新しい菓子パンがルーツという説、アメリカ経由で日本にきたメキシコの菓子コンチャ或いはドイツのストロイゼルクーヘンがルーツだという説もある(以上、Wikipediaのメロンパンの項より)。

でも、私は密かにメロンパンの起源はポルトガルのパオン・デ・セウ(パオン・デ・デウスとも呼ばれる)ではないかと思っている。パオン・デ・セウは天国のパン、パオン・デ・デウスは神様のパン。

見た目も、食感もそっくり。町のカフェには大抵どこにでも置いてある。パステル・デ・ナタ(エッグタルト)やパオン・デ・ロー(カステラ)に隠れてあまり目立たないが、コーヒーとパオン・デ・セウがあれば、朝食は完璧!?

 

写真は異なるカフェで注文したパオン・デ・セウ

ちょっと困った訪問客

ガサガサガサ、バリバリ! 時には甲高いイーッ!というような鳴き声とともにやってくる訪問客がいる。

2階のキッチンには薪ストーブがある。煙突は10メートル程の高さだ。訪問客はその煙突を伝って、というか落ちて来る。困った訪問客は、サンタクロースならず、鳥なのだ。

在宅していればいいが、数日留守にして帰宅すると既に死んでしまっていたりする。時にはストーブの中でパニックを起こしてバタバタ飛び回り、灰を巻き上げ、それを吸い込んで窒息してしまう。無事に逃がしてあげられるならいいのだが、いざ、逃す段階になると、キッチン中に灰を撒き散らして飛び出していく。

数年前には煙突の排煙部分(つまり一番上の部分)に金網を設置して、入れないように一応手は打った。訪ねて来る頻度は減ったような気がするが、決定打にはならなかった。

遊園地のジェットコースター感覚で、遊んでいるのかと思うほど、1日に数羽、落ちてくることもあった。「面白いんだよ! ちょっとスリルあるけどさ、あの煙突の中を落ちて行くとニンゲンの家の中に入れるんだ。すぐに出してくれるから大丈夫だよ、お前もやってみたら」 なんていう鳥の会話を想像してしまった。

アリスに教わったカステラの作り方

今更、言うまでもないだろうが、カステラはポルトガルから日本に渡ってきた。起源説はいろいろとある。スペインのカスティーリャ地方のお菓子がポルトガル経由で日本に渡り、それが訛ってカステラになったという説。ポルトガルのパオン・デ・ローがカステラの元祖だという説。

隣のアリスに、一度、パオン・デ・ローの作り方を伝授してもらった。彼女のキッチンで、一緒に焼いたパオン・デ・ローは素朴ながら、いかにも元祖の味がした。

 

アリスのカステラ

1.卵白9個を固く泡立てる。泡立て器は必ず一方向に使い、逆周りにはしない。

2.卵黄12個と砂糖300グラムを色が変わるまでよく混ぜる。

3.小麦粉125グラムをふるいにかけながら2に入れて、たたみ込むように、小麦粉が見えなくなるまで混ぜる。

4.3を1の卵白にたたみ込むようによく混ぜる。

5.250度で25分間焼く。

 

写真は上から

固く泡立った卵白

卵黄と砂糖を混ぜる

手順4。材料を全てたたみ込むように混ぜる

型に収まったカステラの種

 

残念ながら最終作品の写真がありませんでした...

 

アリスのいない村

ポルトガルに移住して15年間、ずっと隣人だったアリスがリスボンに行ってしまった。88歳。一人暮らしが難しくなってきたのだ。以前から足が悪く、段々と庭に出なくなっていた。彼女の家は二階建てで、昼間は一階のキッチンで過ごしていた。階段の上り下りが難しくなったため、去年だったか、家の一階にバスルームを設けた。そうすることで、石の階段の上り下りは1日に一回で済むようになった。時々、朝、階段を降りてくる姿を見かけることがあった。手すりにつかまりながらゆっくりと、一歩一歩確かめるように降りてきた。見るたびに、足を滑らせないで、落ちないでと祈らずにはいられなかった。

彼女は7人姉妹の一番上。姉妹の中で一人だけ運転免許証を持っていて、気軽に町まで妹のローザと連れ立って買い物に行っていた。村に一軒だけあるカフェは彼女とローザが運営していた。文字が読めない人のために、手紙やお知らせを音読し、時には代筆もしていたようだ。明るく、暖かく、頼りになるアリスがいるから村がまとまっている、と私には思えた。夜になると、彼女のキッチンに村の女性が2、3人集まって、一緒にテレビを見たりおしゃべりを楽しんでいた。私たちも、旅行に出かける時などは彼女に家の鍵を託していった。

ポルトガルのロックダウン(外出・社交規制)とマスク

10月15日から、ポルトガルでは再度のロックダウンが始まった。社会的・経済的な悪影響は最低限に抑えるようにするとは言うが、今回はレストランを含めた商業施設や公道では集まってもいい人数の上限は5名、結婚式など家族行事においては最大50名(マスク着用、ソーシャルディスタンスの確保)までの人数制限。治安当局の取り締まりが強化され、最大1万ユーロの罰金が課される。公道ではマスクの着用が強く推奨されている。

警察の権限強化や罰金がいいとは思えない。だが、そうしなければ規制が機能しない面はあるのだろう。

10月16日現在、ポルトガルの感染者数累計は93,294人。対して日本は90,710人。死者数はそれぞれ2,128人と1,646人。

人口100万人に対する感染者数はポルトガル9,157人、日本718人。ただし、累計検査数はポルトガル300万件近く、日本250万件程度。ポルトガルの人口は日本の約12分の一である。

単純に感染者数の数字だけをみると、ポルトガルの感染者数は日本の12倍!? だが、検査数は日本の方が少ない。もし、日本がポルトガルと同じ程度の検査をしたならば、感染者数はポルトガルと同じくらいになるのかもしれない。

コレって...あり?

毎週日曜日には地元の農家が野菜などを売る市場に出かける。途中、通るT字路に必ずこのトラックが駐車している。確かに駐車禁止ではないので、駐車違反ではないのだが、コレって、ありなの?

慣れればどれが本当の交通標識なのかすぐに識別できるだろうが、初めて来る人は混乱するのではないだろうか。しかもこのトラック、教習所の所有。他に駐車できる場所がないのか、単に気付いていないだけなのか、面白がって停めているのか、本意はわからない。すぐそばには警察署もある。駐車違反ではないから、放ってあるのだろうか。

 

写真上から

紛らわしい教習所のトラック

道路から離れたところに駐車した同トラック

 

追記

まさか私のブログを見たわけではないだろうけれど、この教習所のトラックの駐車位置が変わった。10月末頃からだろうか、この写真のもっと奥の方、道路から離れた場所に最近は駐車してある(11月12日記)。

 

追追記

それから2週間くらいしただろうか、このトラックを見かけなくなってしまった。

夏の終わり

月曜日には雨が降るだろうと期待していた。例年よりも約1ヶ月早く、森林開催の季節が終わってくれると思っていたのだ。だが、天気予報の雨は時間が経つにつれて、どんどんと遅れていく。確かに月曜日には気温は下がった。火曜日も、日の当たる場所は暖かいが、気温は高くならない。水曜日も、同じように過ぎていった。だんだんと雲が集まってくるのが見える。でも、雨はどこ?

木曜日の降水確率は100%。午後になって、やっと地面が湿るくらいの雨が降った。落雷の予報も出ていた。渇いた落雷で森林火災が始まらないように、と祈るような気持ちだった。そして金曜日。降水確率は100%。日中は青空が見えていた。やっと、夕方5時を回る頃になって、雨が降り出した。雷も一度だけ、聞こえた。そして、本格的に雨が降り出した。

ここ数年、雨期が始まるのは10月半ば以降だった。10月半ばまでは暑く乾燥して、午後4時頃には強風が吹き始め、毎日、森林火災の心配をしていた。

今年は8月に入ってから、涼しい日が続いていた。例年の10月末の気温だった。夜になると、暖かいお風呂が懐かしくなった。雨が始まって、夏が突然終わってしまった。

灰の降る夜

月曜日(9月14日)には雨が来る、とここ数日誰もが心待ちにしていた。9月に入ってから、高温で乾燥した日が続いている。森林火災の危険度が5段階評価で最も深刻な「最大限の警戒度」がほぼ全国で発せられていた。

今年は特にカステロブランコ周辺と北部そしてリスボン周辺で多くの森林火災が発生。私たちが住む中部は小規模な火災はあったものの、消防団の迅速な対応で、だいたい30分程度で抑えられてきた。

12日と13日の週末は、危険度が高いために屋外でのバーベキューも自粛するようにと、ニュースが流れていた。ちなみにバーベキューもするなと聞いたのは初めてだ。

さて、アルバ川平野を真下に見下ろす展望台がある。ピクニック用の石造りのテーブルやベンチもいくつかあり、道路脇だけれどもかなり広い。そこにあるキオスクを利用したレバノン屋台がオープンした。許可を取って店を運営しているのは最近、この辺りに現れたレバノン人。売っているのはマナイッシュ。鉄板の上で薄い丸いパンを焼き、その上にザター(オレガノとゴマと塩を混ぜた粉状のスパイス。オリーブオイルで湿したパンにつけて食べたりする)をふりかけたもの、あるいはトマトソースとチーズを塗ったちょっぴりスパイシーなものの2種類だ。飲み物はビール、ワイン、ジュース、カクテルなどなど。マナイッシュと名付けられたノラ猫もいる。

秋の訪れ

毎年、ジャージーリリィが咲くと秋の足音を感じる。今年、ジャージーリリィは例年よりもかなり早く、8月半ばに既に咲き始めた。

トマトやズッキーニは毎年のことながら、今年はきゅうりとゴーヤも豊作。熱波がほとんど来なかったからだろう。バジルも、グリーンとパープル(これは初めて)がよく育っている。

元気に葉っぱが育っているバジルで、ペストを作った。作ったペストはマフィン型に入れて冷凍、型から出してアイスクリームの入れ物に入れ替えて冷凍庫に保存して、次の季節まで使っている。たくさんバジルが手に入るようだったら是非!

ただ、パープルのバジルはペストにすると鮮やかなパープルではなくなってしまったのでちょっとがっかり...

 

ペストの作り方

材料

取り立てのバジル ぎゅっと押さえつけて2カップ

すりおろしたパルメザンチーズ 四分の1カップ

オリーブオイル 二分の一カップ

松の実かくるみ 大さじ3杯

ガーリック 3かけら

作り方

材料を全て、ミキサーに入れてペースト状にする(だけ)。

 

写真は上から

咲き誇るジャージーリリィ

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