はじめに / Introduction

ポルトガルに移住して、移住とは単に異国で生活することではないことに、改めて気付かされました。異文化と、異なる価値観を持つ人々に日々接することで自分の価値観が試されます。これまでも海外生活の経験はありましたが、あくまでも一時居住。生活することで、これまで気がつかなかったものが見えてきました。

この辺りには、北方ヨーロッパからの移民も多く、多種多様な民族・文化・国籍が入り乱れ、様々な考え方や異なるアイデアを持つ人々には触発される。私たちのような田舎暮らしの素人から、ずっとコミュニティで暮らしてきた人、手に職がある人ない人、計画を立ててから来る人、とりあえず来てから考える人、色々である。最大公約数は、多分、自分の人生を自らの手で切り開いていこうという気概のようなもの。
それまで都市で生活してきた私にとって、自立とは仕事を持って、少なくとも自分一人が食べられるだけのお金を稼ぐこと。私は当然のように現金社会の仕組みにどっぷりと取り込まれ、私の価値観や自己評価は経済活動と密接につながっていた。
食べることは、スーパーで食材を買うところから始まった。その食材がどこで作られ、どうやって食卓に上るのか、知識として知ってはいても、それがどういう意味を持つのかは理解していなかった。食べることと食べ物の間には深い断絶があった。食材が食卓に上るまでに、どのような作業が必要なのか、頭ではわかっていても、実感はなかった。
効率を最優先させるような日本社会のありようや、都市に住む人々が便利な暮らしをするために地方が犠牲になる仕組みはおかしいのではないだろうか、と考えるようになった。他人を踏みつけた上で快適な生活を送る。それが私のやりたいことだろうか。人権侵害、搾取。消費一辺倒で便利な都市生活と限界集落を抱える地方。お金を払えば地球の裏側で生産された果物が手に入る生活。輸入大国日本の市場に食い込めば現金が得られる、と原生林をつぶして現金作物を作るようになる人々。何かがおかしい。
ポルトガルでの田舎暮らしは、目からウロコであった。私の中に刷り込まれていた価値観や意識は、常に洗い直しを迫られ、住み慣れた環境下ではあまりにも当然で意識すらしなかったことの正当性が問われる。私の価値観は一定の条件下でのみ有効なのだ。
物理的な移住はある程度、想像できた。だが、戸惑ったのは自分の意識・無意識に変更を迫られたことだ。私には思ったよりも思考の柔軟性がないということは発見だった。理屈では理解できても、感情的に受け入れられない。内面で起きる抵抗の強さに驚く。
消費生活から遠ざかろうとすれば、自給自足に辿り着く。土を耕し始めると、私の中にあった「お百姓さん」への偏見が見えて来た。命の基本が食べ物なのに、その食べ物を作る人達を見下していたのだ。IターンやUターンで田舎に行く人、帰る人は都会生活からこぼれ落ちた負け組であるかのように何となく感じ、田舎暮らしの素晴らしさを力説する言葉を負け惜しみのように聞いていた。都会で生活していると、自分が世界の中心にいるような気分になる。
東京からポルトガルの田舎へ。そんな地の果てのようなところに行ってしまったら、畑仕事以外、やることがないのではないかと心配した。どこまで行っても、都会が中心の世界に私は住んでいたのだった。だが、そんな心配は取り越し苦労に終わった。
都市でできて、田舎でできないこと。田舎でできて、都市でできないこと。ライフスタイルは随分と変わる。諦めなければならないこともあるし、思いもよらなかった可能性が出てくることもある。今では私が田舎暮らしの素晴らしさを力説してしまう。都会で、自分は世界の中心にいるのだと思っている人には負け犬の遠吠えに聞こえるのかもしれない。でも、そんなことはもう、どうでもいい。
ポルトガルの田舎に移住した最大の収穫は、どこへ行っても居場所は見つかるし人間の価値は稼ぐ現金の多少に左右されないという確信と、自分もまた自然の一部であるという実感かもしれない。言葉もわからず、土を耕したこともなかった私たちは、10年経った今もまだ、ポルトガルで暮らしている。今のところ、他の国に移住しようとは考えていない。