番外編 モモのその後

さて、その後である。ネコは家につく、とはよく言う。引越が彼女にとって大きな負担にならなければいいがと心配していた。

レンタカーでリスボン空港から家に着く直前まで、モモはずっと鳴き続けた。終いには疲れ切って眠ってしまったようであった(私も眠ってしまった)。運転しているスティーブだけが何とか眠気を振り払っていた。

午前3時頃、アパートに着いた。キャリーバッグからモモを出すと、ソファの下に逃げ込んだ。最初の2、3日は落ち着かなかったようだ。あちこち匂いを嗅ぎ回り、聞き慣れない音がするとソファの下に逃げ込み、夜は私の足元で寝ていた。

1月半ばに家具や生活用品などを船便で日本から送った。その中にはモモのイスも入っていた。日本のマンションからものがなくなったので、モモは落ち着かない様子だった。ここに来て、これまで身近にあったものがまた「現れた」ので(モモの芽には多分そう映っただろう)、思ったよりも問題なくポルトガルの生活(とは言ってもまだ外に出てはいないので、日本からポルトガルに来たという意識はないかも知れない)に慣れてきた。一週間もすると、今までのように「ここは私のお家」というような顔をして家の中を歩き回るようになった。

知らない間に自分(モモ)の家にいつもいる人間(私達のこと)が外の景色や階段も含めて模様替えしたんだなと思っているのかも知れない。最近ではすっかり安心して、夜は自分が寝床と決めた箱の上で一人で寝ている。

モモの分身

6月末の週末。近くの村で夏祭りがあった。ポルトガルでは夏になると毎週末どこかで地域ぐるみの祭りがある。私達の家がある集落の村人に誘われて、その祭りに行った。広場のステージではバンドがポルトガル音楽からポップまで、演奏している。気に入った音楽が流れると、夫婦や恋人や女性同士が組んで踊り始める。屋外に設置されたテーブルでワインを飲みながら食事をして、音楽に合わせて踊って、夜中の12時近く、アパートに戻ってきた。

車庫に続くランプに入ろうとした時、スティーブが突然、「うっそー!」と言って車を停めた。何かと思ったら、モモが道を歩いているではないか! 留守中にモモが外に出ないように、アパートの窓はすべて締め切って出たはずだ。

東京ではマンションの1階に住んでいた。地元出身のモモはマンションの周辺をよく知っていたので、好きなときに外に出していた。しかしここ、ポルトガルではそうはいかない。東京とは異なりマンションの入口は3階だし、町の広場に面したマンションの近くには交通量の多い目抜き通りがある.モモにはこの辺りの地理感覚は全くないし、ポルトガル語もわからない。数日前にモモは窓の隙間から屋根に出ている。外に出たがっているのはわかっていた。

私は車を降りて、モモを追いかけ始めた。とは言っても、ネコは追いかけると逃げてしまうので、駐車してある車の下に逃げ込んだモモを、道路にしゃがみ込んで呼んだ。モモはこっちを見るばかりで、来ようとしない。新しい遊びだとでも思ったのか、車の下から飛び出すとちょっと走っては止まって振り向いて、追いかけられていることを確認してまた走り出す。

東京でも時々、真夜中になっても帰ってこないモモを探しに行った。いる場所は見当が付いていた。近寄って呼ぶと出てきた。だが、今日は違う。車の下から飛び出すと、道を渡って、人の家の庭に入ってしまった。呼ぶと振り向いて様子を窺い、もっと奥に進んでしまう。見失ったら大変だ。

その家の向こう側にも道路がある。私がいる道と向こう側の道は、通り抜けができる幾つかのビルでつながっている。私はビルの階段を駆け上がって向こう側の道に出た。モモもちょうど庭を通り抜けて、その道に出てきたところだった。

モモ、と呼ぶとモモは振り向いてから、また走り出す。もう少しで手が届くと言うところまで近づいたのに、モモはまた、他人の家に入ってしまった。呼んでも、ガレージにある車の下に入ったきり、出てこない。

スティーブは車を車庫に入れてから、一旦マンションに戻り、モモのおもちゃを持って道路に来ているはずだ。おもちゃを見せれば出てくるだろうが、ここでモモを見失うわけにはいかない。

モモの後を追って、私は他人の家の垣根を飛び越えた。真夜中である。みつかったら不法侵入で捕まるだろう。だが、そんなことは言っていられない。モモが隠れているはずの車の下をのぞき込んだ。モモの姿はどこにもない。

...どうしよう。見失ってしまった。

他人の庭に突っ立っているわけには行かない。どうしようと思いながら、垣根を飛び越えて、ビルを通り抜け、最初にモモを見かけた道路に戻った。

道ばたで待っていたスティーブが笑いをこらえながら「いい知らせがあるよ」と言う。マンションの扉を開けたら、モモが眠そうな顔をして出てきたという。すぐ知らせようとケータイに電話をしたが、私は電話をとらなかった。そうだろう。ケータイは家に置いてある。

それにしても、そのネコはぶちの位置からしましまの尻尾まで、モモにそっくりだった。外に出たい気持ちが高じてモモは、眠っている間に自分の分身を外に送り出したのだろうか。それとも私達は二人揃って幻覚でも見たのだろうか...?

一週間位してから、そのネコ「モモII」を見かけた。モモよりも多少汚れ、よく見ると尻尾の形が多少違うものの、うり二つである。その後、2度ほど見かけたが、そのうちどこかに行ってしまった。