ポルトガル便り 2

早いものでもう4月も半ばになってしまいました。暖かくなるとあっと言う間で、桃、梅、桜とほとんど同時に咲いて、日本の桜が満開だと聞く頃、ポルトガルの桜は葉桜になっていました。広場の噴水が凍るような寒い冬の日々は、いったい何だったのだでしょう。

今はアパートに電気、ガス、水道以外にも電話線が入り、ADSLもつながり(一ヶ月もかかった)、冷蔵庫も買い、どうやら文化的な生活ができるようになりました。それでは、前回以降の近況をお知らせします。

2月末。2週間経ってやっとアパートで水が使えるようになった。だが、問題がなかったわけではない。ある日、水道屋の作業員がメーターを取付に来るというのでアパートで待っていたのに誰も来ない。水も出ない。連絡すると一時間前に作業を終了したという。メーターを見に行くと、人が住んでいないアパートのパイプにメーターがついている。作業員は作業だけやると何も言わずに帰ってしまったのだ。今日は金曜日。今、何とかしてもらわないとこの週末も水が使えない。ケータイに電話をかけて呼び戻すと(私達がかけたわけではないポルトガル語を話す不動産屋にかけてもらった)、機嫌の悪そうな二人がやって来た。金曜日の夕方6時である。すでにどこかでワインでも飲んでいたのだろう。私達のアパートのパイプをさして、ここにつけてもらいたいというと、メーターの取付位置が左右逆になるので必要な部品がないから、取り付けられないと言い出す。この時間で必要な部品が手に入るとは思えなかったが、これ以上待つつもりもなかったので、「何が何でも今つけてちょうだい」と彼らが出られないようにアパートのドアの前に立ちふさがって迫った。作業員は翌日朝10時に来ると約束して帰った。そしてもちろん、来なかった。

この週末、オーランド(私達の家の元の持ち主。リスボン在住で、退職したら隣りの妻の実家に住むことになる。借りたアパートは彼の息子のアパート)が村に帰っていた。彼がどういうわけだか町役場の出納係という友人に頼んで、メーターを付け直してくれた。水道局の作業員がどうなったのかは知らない。これまで、水道料の請求書も来ていない。水が使えるのでアパートの掃除をして村の家から布団やガスコンロをアパートに持ち込み、この日からアパートに住み始めた。室温も外気よりは少し暖かいし、すきま風もほとんど入って来ない。暖炉があるので、火をおこすこともできる(後にこの暖炉の設計がよくないことがわかった。風が吹くと煙がすべて部屋の中に逆流してしまうのだ)。何という進歩...。

水が使えるようになったので、温水器と洗濯機を購入する。そして低い水圧が問題であることがわかった。温水器をキッチンに取り付けたのだが、離れた場所にあるシャワーを使うと途中で温水器が止まってお湯が出なくなってしまうのだ。初めて浴びたシャワーは氷のように冷たかった。何度も調整し直して、一応使えるようになった。

3月に入ってやっとアパートの電話がつながり、それからさらに4週間近くかかってADSLが入った。3月末に日本から送った荷物が届き、4月始めに冷蔵庫を購入。やっと生活しているという感じになってきた。

4月に入ってもまだ家の建築業者は決まらず、家の改築はなかなか進まないけれど、庭の手入れの方は進んでいる。3月に入ってから、芝生の種を蒔くために庭の一部を掘り起こして足で踏んで地均しをしたり、苗床を作るために土を耕した。

今年の冬は例年になく寒かっただけではなく、去年は干ばつ状態。一年間で5日くらいしか雨が降らなかった。そのせいで水飲み場の水が涸れ、この時期ですでに森林火災が何度か発生している。庭に井戸があるので家は今のところ特に水の問題はないが、このまま雨が降らずに夏になってしまったら水不足と暑い時期の森林火災が心配だ。

3月半ば、昼間はかなり暖かくなる。スーパーでクロスグリとスグリ(カッシス)の苗木を買ってきて植える。数日前から曇ってきたので、雨が降るのではないかと期待していたがやっと、お湿り程度に雨が降った。市場で買ったレモンの木やトマト、レタス、ピーマンの苗を植え替えて、ハーブの種をまいた。さらに数日後、ジュディからもらった月桂樹を植え、そろそろ時期も終わりに近づいたオレンジを収穫し、ゴボウの種を蒔く。それでも、お湿り程度の雨では土の表面はすぐに乾燥してしまう。

大陸的、というのだろうか。こちらでは数日かけて段々と雲が厚くなってから雨が降る。降り出すと豪雨や雷雨になることも多く、よく停電になる。年に数回、強風(と言うよりは暴風)が吹く。2月末には風で停電。

3月19日、一日中何となく曇っていたが、セイアという町から夜帰る途中、ぽつりぽつりとフロントガラスに雨粒があたった。セイア郊外の森林地帯は森林火災で黒く焦げ、所々でまだ赤い火が見えた。消防署は雨が降ることを期待して、消火活動をしないのだろうか...? 20日の夜、雨。21日の朝起きると雨はすでに止んでいたがアパートの前の広場や道が湿っている。

今日こそは芝生の種を蒔かなければ、次、いつまた雨が降るかわからない。10時頃から種蒔きを始める。午後1時過ぎ、4分の3くらい終わった頃に雨が降りはじめた。昼食後、少し作業を続けたが、段々雨が激しくなったので中断。そのうち横殴りの雨になったので、種が流されてしまうのではないかと心配になった。この日から2週間ほど、雨が降ったり止んだりの天気となる。芝生にとってはタイミングがよかった。夏の水不足を解消するにはほど遠いがレタスなどは元気になった。雑草も元気だ。蒔いたハーブの種も芽を出したようだが、雑草の芽に紛れてどれがどれだかよくわからない。イースターが過ぎた頃、芝生が芽を吹き始めた。

イースターの週末

3月20日はイースターの一週間前で棕櫚の聖日。詳しくは知らないが裁判に連れて行かれるキリストの前に人々が棕櫚の葉を投げたとか言う聖書の話にちなんだ聖日らしい。サン・ジョアオン・ダ・ボア・ヴィスタに行くと、教会の回りに月桂樹の枝を持った人が沢山集まっていた。

一週間後のイースターの週末、村は帰省した家族で賑やかだ。村の人口も4倍くらいに増えている。オーランドとエレナももちろん帰ってきている。二人に昼食に呼ばれる。干し鱈の雑炊。これがイースターの伝統的な食事かどうかは知らないが、ポルトガルの伝統的な食事であることは確かだ。

アリスのカフェに毎日顔を出すおしゃれなオデットとその夫ジョアオンが家でイースターのためにパンを焼いていたので見に行った。ジョアオンは昔リスボンでパン焼き職人だった。スティーブが作るホット・クロス・バムと形はずいぶん違うが、材料はあまり変わらない。ガレージの裏にあるオーブンを薪で暖めている間、アデガ(ワインなどの貯蔵室。大抵家の1階部分にある)や家の中を見せてもらう。築300年以上の石造りの建物を11年前に改築した家である。庭も手入れが行き届いている。彼が全部やるのよ、とオデットが言う。

オデットはフランス語と英語を少し話すが、話している間にポルトガル語と混ざってしまうので、お互いに何の言葉を話しているのかわからなくなる。

イースター当日の昼食に招待された。パンを焼き終わったらオーブンに入れるのだと下ごしらえをした明日の昼食(ラム)を見せてくれた。夕方、アパートに帰ろうとしていると、オーランド達にまた呼び止められて、夕食に誘われる。毎回毎回、悪いかなとは思ったけれど、断るのも悪いような気がする。アリスがチェリソ入りのパンを作っていたので、パンとスープをごちそうになる(もちろんワインも)。

イースター当日。今日から夏時間。午前10半頃から、村に牧師さんが来て、村の家を一軒一軒回ってお祈りと祝福をして回る。私達は見物するためにその時間にあわせて村に行った。牧師が数人の信者(アシスタント?)と一緒に回ってくると、アリスとオーランドとエレナが私達も家の中に招き入れてくれた。ポートワインやチョコレートやチェリソのサンドイッチなどをきれいに並べたテーブルのあるダイニングに牧師と私達も含めて回りにいた村人が囲む。牧師は祈りを唱えて、木の枝を水に浸して水を撒く。十字架に磔にされてたキリストの像にみんな口づけをする。お布施を渡してから、ワインを飲み、サンドイッチなどをつまむ。そして牧師は次の家に行く。私達も次の家に行って、また、祈りを聞き、祝福してもらう。

昼、オデットとジョアオンの家に行くとラムとジャガイモが柔らかく焼き上がっていた。自家製のワインとポルトワイン、デザートも二種類、準備してある。オデットは、ラムに塩を入れすぎちゃった、うまくできなかったわと何度も謝る。確かにちょっと辛かったけど、そんなに悪くはない。オデットは気にして、次はもっとおいしいものを作るわね、と何度も何度も繰り返した。

初めてのお客さん

メールをチェックすると、是月さん一家からメールが入っていた。彼らは自然農場を持っている。聖マタイ農場と言って、有機農法でワインなどを作っている。田舎生活を経験できるファーム・ステイもやっている。「地球の歩き方」で連絡先を見つけて、去年9月に泊まりに行った。この週末にこちらの方面に来るから遊びに行くという。

特に私達は用事もないので、是非どうぞ、と返事を出した。二日後、一家3人揃ってやって来た。中国人はタブアにも数人住んでいる、この辺りで日本人に会うことは先ずない。ポルトガルで知っている日本人は是月さん一家と、私達よりも一足先にポルトガルに来たポルトガル語のクラスメートだけ。この辺りで多いのは英国人とオランダ人だ。

是月さん一家に家を案内して、そのうちに遊びに行く約束をして別れた。

その他

毎月最初の金曜日にタブアから車で15分くらいの郊外にあるカフェ・バーでジンベエ(アフリカのドラム)のジャムセッションがある。ヨガのクラスがあるエスコラダ・デ・ミュジカ(音楽学校)を主催しているドイツ人女性がジンベエのドラマーで、彼女の生徒が集まってジャムセッションをやるのだ。ポルトガル全土から人が集まり始め、夜が更けるにつれて盛り上がる。ポルトガルの田舎とは思えない。4月のセッションは盛り上がった。ドラマーは15人、客は100人位。ポルトガル人は恥ずかしがりやなのだろうか、踊りたくて仕方がないのに、端の方で動いている人が何人もいた。

ファゼマオンの村人以外でも友人は増えている。3年前にここに引っ越してきたジョンとカーラ。家が近いのでアフタヌーンティによく行く。ジョンは英国、カーラはフィンランド出身。ここに来る前、ボートで世界中回っていたという。そしてヨガで知り合ったジュディとディック。ジュディは米国、ディックは英国の出身。ここに来る前、アラスカに一年半ほど住み、そこで中古のスクールバスを購入してニュー・メキシコ州まで運転していったという。そのバスでしばらく生活していた。ポルトガルに来て6年、最初の3年ほどは水も引かれていない家で暮らしながら、自分達でスレートの家を建てた。4歳半と11ヶ月の子供がいる。

家の前にある廃屋が売りに出された。7500ユーロ、日本円で100万円程度。建て直しにお金はかかるけれど、石の壁がしっかりとして広い。多分200平方メートルくらい。農地はないけれども、中庭くらいはできそう。この建物が売りに出されたら買おう、と私達は以前話し合っていたけど、今の家の建て直しの見積もりが出たら、とてもそんな余裕がないことがわかった。廃屋のある土地に家を建てる、一番安い方法は取り壊して新しい家を建てること。忍びない気がする。誰か、買いませんか?